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last updated 1997/08/26

第103話(全130話)

ドンロンからの脱出(2/2)




 マスターが手を差し伸ばす。マリカも手を差し伸べた。ふたりの手が繋がれる。マリカはマ
スターの機械の手がちっともひんやりしていないのに気が付いた。それは暖かかった。こちら
の心まで包んでくれそうな暖かさだった。
 マリカはマスターをみつめた。
 マスターもマリカをみつめた。
 マリカはマスターの瞳の奥に住む、もうひとりの誰かを見極めようとした。
 マスターの瞳の奥から、ピートがマリカをみつめ返していた。しかしマリカにはピートの姿
はやはり見えないらしい。つまりまだ旅は続く、ということなんだ。
 そうですよね、アーバムの長老さん?
 フィンフィンが進み出て、窓際にケンプを降ろした。
 ケンプはマリカとマスターを見上げると、はにかんだように頬を染めた。
「照れてるわ」
「ぼくは最初、睨まれたから、きみのほうが気に入れらたってことなんだと思うよ」とピート
。「そりゃドラゴンは機械が嫌いだから仕方ないわ」
 言うマリカの言葉にピートは傷付く。機械なんかじゃない、と叫びたくなる。
〈追手が近づいてきてる。後方五○メートル〉
 フィンフィンが言い、彼は心でケンプに急げと命じた。ドラゴンに命令を下す自分を彼は「
我ながら大した度胸だ」と感心した。
 ケンプはマリカたちをみつめる。窓の外から吹き込んでいた風がひとつのロープのようにま
とまって縒り合わされて行く。その気配がマリカにもピートにも感じられる。ロープのように
捩れ、細長く編まれて行く風が、マリカたちを包み込む。さながら透明なロープで縛ろうとし
ているかのようだった。部屋が震動しはじめる。窓がカタカタと鳴る。マスターの体が再び音
を立てはじめる。ワーターが「ヤレヤレ、またか」というふうにタメ息をつく。ゆっくりとマ
リカの足が宙に浮きはじめる。続いてマスターの蛇腹状の足も浮く。ふたりの体は手をつない
だまま中空で水平になった。それを確認すると、ドラゴンの目が赤く燃えはじめる。
〈追手は後方二○メートル!〉フィンフィンが叫ぶ。
「おいらを置いてっちゃうつもりじゃないよね」言いながらパピロが走ってくる。
 それを待たずにケンプは窓から夜空へと飛び立った。その動きに引っ張られるようにしてマ
リカとピートの体も窓の外へと飛び出した。風のロープでしばられていないパピロは一緒に窓
の外へと身を踊らせたけれど、飛ぶことが出来ずに自由落下っをはじめた。
 その悲鳴にフィンフィンが飛び出し、落下するパピロより早く急降下して、リスネズミを中
空で受け止めた。
 その上空でケンプはぐんぐん夜空の高みへと上昇して行く。わずかな睡眠が彼の体力を一気
に回復させたようだ。ケンプに引っ張られて、見えない風のロープで繋がれたマリカとマスタ
ーも夜空を飛んで行く。ワーターが「何だろうなあ、次から次へと」と言いたそうな顔で続き
、最後にパピロを背中に乗せたフィンフィンが飛んで行く。               
 見下ろすと、あっという間にドンロンは遠くなっていた。
 ドンロンもまた夜空のようなきらめく光だった。
 ピートは頭上も眼下も共に星空、といった感じの風景の中を飛んでいた。天の川を泳いだら
、こんな風景を見られるのかもしれないと思った。
 脱出は成功だ。
 ピートは自分へと言った。
 姫を救って、夜空に舞い上がるなんて、さながらピーターパンだな。そう思った。
                                          
 追手からの知らせを受けて、モネット大佐がマリカの部屋へ駆け込んできたのは、ちょうど
フィンフィンがパピロを拾い上げて窓の外を夜空へと急上昇して行く時だった。
「逃げられたのか!」
 大佐はふたりの部下へと怒鳴る。
「すみません」
「すみませんですむか! マリカ姫に万が一のことがあったら、カイラ国に何と詫びればいい
。保護したつもりが逃げられましたと頭を下げろというのか?」
 怒鳴って、しかしそれでどうなるわけでもないと自分を押さえ、モネット大佐は唇を堅く引
き結ぶ。こんなにあっさりと逃げられてしまうのだとしたら、いったい何故マリカ姫をこの船
に収容したのだ。それにどんな意味と理由があるんだ。モネット大佐は自問した。彼はこのド
ンロンを誇りにしていた。世界に冠たる巨大外輪船を我が子のように愛おしんでいた。だから
こそ、マリカたちがただこの船を通過して行っただけ、というのが気に入らない。もしマリカ
たちが世界の異変に対して何らかの意味ある動きをするのだとしたら。彼女たちこそが我々の
捜していた「予兆」と深く関わる者なのだとしたら、このドンロンにはもっと活躍の場が与え
られるべきだ。モネットはそう思っていた。テオのバランスが崩れかけている、という星読み
たちの言葉が正しいのなら、ドンロンにはテオを救う、という大舞台が与えられるべきだ。
 だが・・。
 モネット大佐は星空を見上げた。
 マリカたちの姿は遥か彼方に遠ざかっていた。いまや星空の中に消え入りそうだ。
 彼女たちは風のようにこのドンロンを通り抜けて行っただけだ、というのか。この愛するド
ンロンにはそれだけの舞台しか用意されていないということなのか?
 大佐はそれを認めたくなかった。
 彼は星空から目を背けるようにして窓に背を向けると、憤然たる大股で部屋から歩き出て行
き、屈強な部下ふたりが慌ててその後を追った。
 モネット大佐は星空が嫌いだった。
 ドンロンよりも大きく夜空を支配している星たちに、彼は嫉妬していた。
 その星空がマリカたちを奪って行ったことが、彼には何よりも悔しかった。
「マリカ姫を連れ戻せ」大佐は部下に命じた。「だが怪我はさせるな。あくまでも丁重に、失
礼のないように我々に協力してもらうんだ」

(つづく)




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